
ここにきてから、一週間近く、チャンスとチッチの機嫌は直ることはなかった。
それを見て飯係は、悲しそうに教えてくれた。オイラ達、3人を連れて引越しを決めた時、心無い奴らが、飯係に色々言ったそうだ。
オイラを引き取る決心をしたときも、3匹目なんてやめた方がいいって、言っていた人もいたそうだ。
でも、オイラを引き取ってくれる人は他に見つからなかった。飯係は、皆の反対を押し切ってオイラを家族の一員に迎えてくれた。
今回、引越しをする決心をした時も、飯係を心配して言ってくれる奴、引越し先を探してくれた奴、探してくれる人の苦労を考えた奴、色々な奴等が、オイラ達、3人を連れて引っ越す事に対して、皆、言ったそうだ。
「1匹位、減らした方がいい」「1匹位、なんとかできないのか」「1匹位、置いて行けないの?」もっとひどいのもあったらしい。
飯係は、毅然として言ったそうだ、「3人とも一緒に引っ越す事ができないなら、引っ越す気はないし、引っ越す必要もない。」飯係も気が強いところがある。
でも、その話を聞いたとき、オイラ達は、嬉しかった。やっぱり家族だ。血の繋がりはなくても、生き物としての種別は違ってもオイラ達は、愛し合ってるのだ。
でも、悲しいのは、1匹位と言った人達だ。1匹位って、オイラの事か?チャンスの事か?チッチの事か?
なんとかって、置いて行けって、減らした方がって、捨てろってことか?始末すれってことか?人に預けろって事か?
もっと悲しかったのは、そう言った人達は皆、猫を飼ってる人達ばかりだったらしい。だったらオイラ達、飼い猫が家族の一員だって理解できるはずだ。
それとも自分達が可愛がってる猫だけが特別で、オイラ達はなんとかできる別の生き物ってことか?
それとも、その人達は、自分達に何かあれば、簡単に猫という生き物を捨てるか始末すればいいと考えながら、余裕のあるときだけ可愛がってるってことか?
オイラは、たまに考える。オイラが人間だったらって。もちろん、猫として生きてるプライドってもんがオイラ達にはある。
だけど、オイラ達が人間だったら、子供3人は多いから1人ぐらいなんとかすれとか、置いてけとか、言われないはずだ。
いくらなんでもオイラ達だって傷つく。オイラ達、心もあれば、感情もある。嫌な事を言われたら傷つくし、腹も立つ。
やきもちも焼けば、嫉妬もする、もちろん、仲間を愛する気持ちも、いたわる気持ちもある。
飯係の機嫌の悪いときは、そっとしておいてやる気遣いだってできる。具合が悪そうな時は黙って側で添い寝してやる優しさだってある。悲しい心や淋しい心を感じるハートだってある。
チャンスやチッチとの仲間意識はもちろん有る、他の猫たちと区別がつかないほどバカじゃない。こいつらを愛するのには、何の条件もないんだ。
オイラを助けてくれたからとか、受け入れてくれたからじゃないんだ。ただ、愛して愛されたいだけ。
人間は、頭がいい。数段オイラ達より頭脳が発達してる。でも、オイラ、可愛そうになる時がある。あわれに見えるときがある。
言葉はオイラ達の爪より危険で鋭利な凶器だ。感情や言葉をコントロールできない奴らが多い。
無邪気さや、天真爛漫という言葉に甘えて「悪気は無かったのよ」と、自分の言葉に責任を持たないいい歳をした大人と呼ばれる人間が多すぎる。
オイラ達は、自分達のこの爪使い方をちゃんとわきまえてる。
遊ぶときだって大切な仲間を傷つけないように、爪をたてないようにするし、噛み付くときだって傷をつけてしまわないよう加減する。
オイラの気持ちだけではチャンスやチッチとだって、飯係とだって関係は築けない事ぐらい理解してる。
オイラ達は、人間の言葉はしゃべれないけど、言ってる意味は理解できる。いや、一生懸命、この小さな心で考えろって自分に努力させてる。
何故かって?だって、誰だって同じだろ?好きな相手の言う意味を一生懸命理解しようと努力するのは。
愛されたいし、愛していたいと思うのは。
オイラ達は、「猫」という種類だときめられた生き物だ。でも、人間と同じに、一生懸命生きている。
無神経な言葉にも傷つくし、簡単に飼ったり、捨てたり、かわいがったり、いじめたりできると思わないで欲しい。
オイラ達は、自分達の意思とは関係なく引越しをした。だけど、オイラ達は、家族だ。
お互いを大切に思い、上だとか下だとかくだらない区別や差別に負けない、お互いを尊重し、尊敬し、思いやる関係を維持しようと努力している。
今は、幸せだと思うし、幸せを満喫してるよ。
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