
くろじが下僕の所へやってきて、かれこれ何年になるでしょう・・・。
足を骨折し、身動きできず、倉庫と倉庫の間で、必死に鳴いていたくろじは、今で
は我が家の一番の猛者となり、我が家を牛耳っている訳です。
それでも、くろじは、忘れられない記憶があるようです・・・。
それは、いつも下僕の腕枕で熟睡している中、くろじが見る夢です。
「ンフゥー、ヴー、ウンギュルギュルぅ〜」と散々喉を鳴らして、腕枕の中、下僕の
ほっぺに自分の額を押し付けて、片手で下僕にしがみ付こうとでもするように引き
寄せようとしながら、くろじは、「ンッ、グュフーッ フーッ」と鼻を鳴らしてから、静かに
熟睡体勢になります。
程なく、静かに寝息をたて始めるくろじは、本当に下僕にとっては、天使としか
言いようのないほど、愛しく例えようのない存在で、一緒に寝られる幸せは誰にも
邪魔できない一時なのです。
でも、くろじの悪夢は、幸せなひと時を狙ってやってくるようです。
最初は、体をピクピク痙攣させはじめ、その内に体が硬く硬直するように引きつり
始めます。
下僕は、頭や体を一生懸命さすったり、なでたり、耳元で「くろじ」と呼びかけたり
しますが、この状態になったくろじは、途中で目を覚ます事はありません。
「フッ フッ シヤャーァッ フッシヤャーァッ」といきなり、威嚇の鳴き声をあげたかと
思うと、体を硬直し痙攣させたまま、目を白黒 (本当に目を白黒という表現が
あるのかと思えるほど) させて叫び始めます。
ピクピク体を動かしながら、その間に何を見ているのか、下僕には想像もできない
し、くろじの体験を聞いてやることもできません。
無力な時間が過ぎた後、くろじは、 「キャーンッ キャーン」と、とても悲しい声で、
それこそ悲鳴をあげるのです。
必死でくろじの体をさすったり、呼びかけている下僕の声にやっと気づいて目をあけ
て、現実に戻ってくるのは、この後です。
くろじは、じっと下僕を見つめ、そしてまた眠りにつきます。
この夢をくろじは、ずっと見続けています。
どんな夢なのか? 何があったのか? 何で同じ夢を見続けるのか?
下僕には、一生の疑問です。
この夢をくろじが見て、哀しい悲鳴をあげる度に、非力な自分が情けなくてたまら
なくなります。
どんなに愛しても、くろじを苦しめる悪夢からくろじを助けてやる事ができないから
です。
悪夢を見なきゃならないような体験を忘れさせてやることができないからです。
くろじの意識の中だろうと、無意識の潜在意識のなかであろうと、くろじがこの夢を
見続ける記憶以上の愛情をくろじに焼付けることができれば、くろじの悪夢は
終わるのでしょか?
下僕の愛情がくろじには、まだまだ足りないということなのでしょうか・・・。
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